10月後半。季節は巡って、秋の風が心地よい気温を運んで…
「あっ…づぃ…」
くれなかった。
ここのところ異常な気温の乱高下が続き、外はなぜか夏日の様相を呈しているのだ…
「ん゛ー…おねーさんもうだめ…」
28度越えの暑さを前に、衣替えとして柄は同じだが少し暖か目の生地になった秋用の着物を着込んだ甘姉ぇ…このアパートの管理人にして僕の恩人は、物の見事に伸びてしまった。
「甘姉ぇしっかり…」
かくいう僕も、服装選びが決まらず上下で違う季節の服を着ていて体温がチグハグだ。
時刻は正午…いつもなら明るい調子で昼食を囲うところだが、昼の日差しが僕らを苦しめる。甘姉ぇはまともに立てず、息も絶え絶えで動けるのは僕だけ。つまり…
「ねーきみ…ごめん、かわりにつくってぇ…」
こうなる。甘姉ぇが暑さで伸びてしまった以上、僕が早急に昼食を作って元気を取り戻させる必要があるのだが…
「その前にゆるくエアコンつけますね、簡単なものぐらいなら僕も作れるようになりましたから待っててくださいっ」
とにかく室温を下げなければ、このアパートでは蒸し焼き必須だ。リモコンを手に取り"自動"でつけると、エアコンが冷たい風を吐き出し始めた。
「キッチン、お借りします」
普段は甘姉ぇが立つ場に、僕が立つ…その不自然さに慣れず、思わずコンロに向かって直角のお辞儀をした。
「あぁぃ、ありがとぉ…包丁、とか…危ないから気をつけてねぇぇぇぇぇ……」
「はい、大丈夫です!がんばりますっ」
伸びきって尚、僕を気遣ってくれる甘姉ぇの優しさに報いるためにも早く元気を届けなくてはならないが…
「どうしよう…?」
お世話になってばかりでは悪いと家庭科のおさらいぐらいは練習を重ねて、料理の「り」の字ぐらいはできかけているし素麺ぐらいなら簡単だが、付け合わせやら何やらで元気をつけてもらいたい。
「考えるのは冷蔵庫開けた後だ、ひとまずご開帳〜」
2人とも食欲の秋で浪費してしまい、作り置きは無い。おまけに炊飯器の米やパックご飯、主菜になりうるものもない。
「手詰まり…?えー、と…」
困り果てた僕を出迎えたのは袋の中華麺にトマト、ハム、唯一細切りされたが用途を失ったであろう胡瓜だった。
「うん、決まった!冷やし中華でいいですかー?」
「いいよぉぉぉぉぉ…」
ここまで役者が揃っていれば選択肢は一つだ。僕は食材を取り出して、季節外れの冷やし中華作りに挑もうとしたが…?
「あれ…」
無い…秋なので当然と言えば当然だが、冷やし中華において重要な既製品のタレがなかった。
「どーしよ、作り方」
こうなればタレも自作しかないが、スキルが気持ちに追いついていない。
「道具は使いようだよな…」
だったら調べれば良い、と手元のスマホを取り出したが…
「げっ、充電切れてる…コードも部屋に置いてきちゃった」
油断した。自室より甘姉ぇの部屋に上がることの方が多くなってきていたせいもあって、充電器など細かなものは拝借するのが当たり前になってしまっていたのだ…そのありがたみを再確認すると共に、手詰まりであることも認識する。
「あ゛ーーーーー…」
「うん、借りるわけにはいかない」
ごろ寝して体力回復を図る甘姉ぇを動かすことは出来ない、となればタレなし冷やし中華かとあきらめてため息をついた時、インターホンが鳴った。